感想を書きたいブログ

読んだ本の感想を綴ります。気分転換のためなので更新は不定期ですがどうぞよろしくお願いします!

『サラバ!上』

西加奈子著『サラバ!上』(2017)を読みました。


サラバ! (上) (小学館文庫)

サラバ! (上) (小学館文庫)


まず読み始めの最初の一行で感じた事。それは


・・・読みやすい!!


 久しぶりに「物語」って感じの本を読んだからかもしれないし、小学生の主人公の語りが中心だからなのかもしれないけど・・・。
 正確にいうと主人公は37歳になっていて過去の話をしているようなんだけど。
 あとなんか「小学館」って感じがする。深い意味はありません。


あらすじ

 圷歩(あくつ あゆむ)という少年の幼少期から、彼を取り巻く環境の変化に従ってお話が進んでいきます。

 父が海外赴任で渡ったイランの病院で産まれた歩は、メイドのバツールや、気性の荒い姉、寡黙で実直な父、裏表がなく派手好きな母と共に幸せな幼少期を過ごしていました。そんな平穏な家庭生活とは裏腹に、イラン革命での混乱が避けられなくなった家族は日本へ帰国します。

 帰国後、母の実家のある大阪で生活をはじめた歩は母方の祖母やおばたち、大家のおばちゃんらにかわいがられ、幼稚園、小学校と順調に過ごしていました。その一方で姉は「ご神木」というあだ名で呼ばれ、友達もおらず孤立しており、幼少期からある母との溝も深まる一方でした。

 そんな折父の新たな赴任先がエジプトとなり、家族はメイド付きの豪華なマンションで生活することになります。歩と姉は日本人学校に通う事になり、二人とも日本の学校とは違う雰囲気に慣れつつ、徐々に楽しむようになっていきます。エジプトでは異様に人懐っこい地元の子供たちや学校に通えない貧しい子供たちを目にする中で自分の中にある差別の感情に気がつきます。ある日ヤコブという少年に出会った歩は、彼との友情を深めていきます。



テキトーで笑える異文化


 舞台がイラン→大阪(日本)→エジプト

 と変わり主人公はなかなかインターナショナルな幼少期を過ごしています。(ちょっとうらやましい)
 中東に行った事がないので、この国の日常ってこういう感じなんだろうなあと想像するのが楽しく、ああ、きっとここの人らってこんな感じなんだろうな〜と笑っちゃうところがありました。


 例えば、エジプトでおもしろい場面があります。
 エジプトで家族はドライバーのジョールを雇いますが、ジョールは遅刻やさぼり、失敗が多く穏やかな父でさえ度々キレさせていました。

 父が叱ると、ジョールはしばらくはしおらしくなるが、数分経つとラジオを大音量でかけ、歌を歌っているというありさまだった。

 エジプトでは「IBM」という言葉があると言われている。
 Iは「インシャアッラー」、「神の思し召しのままに」という意味だ。例えばジョールが遅刻してきたとする。父がどうして遅刻するんだと怒ると、「インシャアッラー」、神がそう望んだのだ、と言う。
 Bは「ブクラ」、「明日」だ。ジョールに車を洗っておけと命令すると、「ブクラ」、明日やる、と言う。
 Mは「マレーシ」、「気にするな」だ。あの大人しい父を怒らせるという離れ業をやってのけた後に、ジョールが言うのは、「マレーシ」、「気にするな」である。父はしばらく怒っているが、ジョールが笑顔で自分の肩を叩いて「マレーシ」と言い続けているのを聞くうち、いつしか笑ってしまう。


 ジョール、とりあえず一緒に働きたくないけど、憎めない感じがおもしろいです。神が絶対的な存在すぎて焦点がずれてるというか「それただの屁理屈では?」という気持ちがわいてきますがw

 それと笑顔で「マレーシ」と自分の肩を叩いてるのは、もはやかわいくないですかw怒ってる時にこれ言われたら絶対イラつくけど、この言葉すごくいいと思います。


リアルで自然な子供たち


 全体を通して感じるのが、物語に出てくる子供の描写がリアルだということです。

 主に小学生くらいの子供たちが描写されますが、その年頃の子供ならではの素直さとか無邪気さとか残酷さがよく表現されています。

 子供は成長していくにつれて人に対して思いやったり、遠慮したり、主張したりというようなことを覚えていくと思うんですが、その途中にいる子供って人が傷つくこと自体が想像できなかったり、遠慮がないからこそまっすぐに相手と向き合えたりしますよね。


 歩の姉が「ご神木」と呼ばれるようになるエピソードが小学生ってこうだよなあと思い出すものでした。
 
 幼い頃から気性の荒かった姉は小学校の入学式では耳を塞いで入場してきたかと思えば、奇声をあげたり椅子に立ち上がったりしてじっとしていることができませんでした。小学2年、3年となるにつれ破壊的な行動は収まりますが、授業中にじっとしていることができず、友達もできませんでした。

 クラスメイトは、低学年のうちは姉をただ得体の知らない者として遠巻きに見ていましたが、中学年、高学年になると、姉の狼藉を疎ましく思うようになりました。

 皆「怖い」や「嫌い」以外の言語を持つようになり、姉をからかう罵詈雑言やあだ名を考えるようになった。頭の足りない男子生徒は、姉のことを「ぶす」と言ったし、意地悪な女子生徒は、姉のことを「ガリガリ」と言った、十分残酷だったが、とても稚拙だった。姉はだから、彼らのことをまだ、下に見ることが出来た。言葉を知らない、馬鹿な子供なのだと、そう思うことが出来た。
 だがある日、姉を徹底的に傷つける言葉が誕生してしまった。
 例の「ご神木」である。


 考えたのは男女問わず人気のある、可愛くて大人びた女の子でした。彼女はクラスメイトから尊敬されていて、「ご神木」というあだ名はなにか大人びていて、うまいこと言っていたため、姉は彼女を下に見ることができませんでした。

 「ブタ」や「幽霊」と呼ばれていた子たちと、姉はだから、一線を画してしまった。
 皆、「ブタ」や「幽霊」よりも、もちろん「ご神木」と言いたがった。それを言うと、自分が頭のいい大人になったような気がした。皆、姉ばかりを呼んだ


 人気のある女子がうまいこと言ってのけたっていうのが致命的だったのですね・・・。
 子供のあだ名のセンスってなかなかのものがありますよね。

 ちょっと難しい言葉を使いたがる感じもよく描写されているなあと感じます。

 クラスで浮いている子に対する態度がまさに子供という感じです。
 

おわりに


 『サラバ!上』では歩がエジプトでヤコブという少年に出会い、友情を育む場面で終わります。イランやエジプトで家政婦や使用人、子供たちと関わる中でその国の人々のいいかげんさや情の深さに触れたり、社会の格差や差別感情を感じたりする描写がおもしろかったです。

 エジプト滞在中に歩の両親は離婚を決めるのですが、詳しいことは書かれていません。イラン革命のとき父をひとり残して母と歩たちが先に日本へ帰国したときになにかあったのではないかと踏んでいるんですが、どうなんでしょうか!気になるので続巻で明かされることを期待して、おわりにしたいと思います。